叔母
sevenseven
2009年01月16日
85,000
先日、85歳の母と母のいちばん下の弟である叔父の家を訪問した。
現在66歳である叔母は非常に喜び私たちふたりを歓待してくれた。
叔母はお茶の用意をし、茶の間に戻って来るといつものように体を擦り付ける様にして私の横に座った。
叔母は親戚の法事の時なども必ず私の横に座る。
これには理由があります。
そう、話は30年ほど前の初夏に戻ります。
私が大学3回生で21歳の時、叔母は私より13歳年上であったので、確か34歳だったと記憶しています。
当時叔父は大病をし、生死をさまよっていた。
私はひとりで病院に見舞いに行き、面会謝絶と聞くと近くの叔父の家を訪れた。
確か、昼前だったと思います。
いとこたちは学校に行き、叔母ひとりが家にいた。
叔母は非常に美人で私の姉は女優さんみたいだと憧れていた。
確かに色白のスリムな美人さんで、スリムなわりには出るところは出ているというスタイルのいい女性であり、いつも私の自慰の相手でもあった。
叔母は私の訪問をいつものように喜び、茶の間に通された。
私は叔母に叔父さんどうなんですかとたずねると、叔母は目に涙を浮かべ私に抱き付いて来た。
五分五分だってと言い、私の顔を見つめた。
その時、女性特有のいい香りが漂い私は欲情してしまった。
私は叔母を強く抱きしめ、気が付くと首筋あたりに私の唇を押し付けていた。
叔母はその行為が理解出来ずに全くの無抵抗であった。
私はゆっくりと叔母を座布団に寝かせ唇を奪った。
唇、首筋、耳と私は唇を走らせ、手はブラウスの上から叔母のバスト辺りを愛撫していた。
その時初めて叔母の手が私の腕をつかむという小さな抵抗があった。
「Kくん・・・。」
「叔母さん・・・好きなんです。」
叔母の小さな抵抗はやんだ。
私はスカートの中に手を入れ、パンティの上を愛撫した。
叔母は全くの無抵抗でまたKくんと小さく叫んだ。
私はパンティの中に手をすべらせ、叔母の秘部を愛撫した。
叔母の吐息が聞こえて来た。
指を秘部に入れると中は愛液が満ち溢れていた。
吐息が小さなあえぎ声に変わっていた。
私は叔母のパンティを剥ぎ取りスカートをまくり上げ、ズボンを脱いだ。
そのまま挿入。
叔母の体が震えたのが分かった。
時間では5分程だったと思うが付きに突きまくった。
叔母の両腕が私の背中に回り、私を強く抱きしめた。
その時、私はそのまま叔母の中に逝ってしまった。
時間の経過は分からないが叔母が私に起きてと言った。
私は起き上がると叔母も起き上がり、私が剥いだパンティを秘部にあて部屋を出て行った。
叔母はスカートを別の部屋で脱いだらしく、数分で新しい白いパンティにはき替え部屋に戻って来た。
そして、私の横に座ると濡れタオルで私のものをきれいにぬぐってくれた。
「叔母さんのおっぱい見たい。」と私は叔母にねだった。
叔母はブラウスのボタンをはずし、ブラウスを脱ぐとブラをとった。
巨乳とはいわないがスリムな体には大きすぎる乳房が現れた。
私は叔母の乳房をつかみ、そして口に含んだ。
また、叔母の吐息が聞こえて来た。
「叔母さん、下も!」と私は言った。
叔母は私の命令通りに腰を浮かせるとはいていたパンティを脱いだ。
初めて見る叔母のきれいな陰毛。
そして、目の前に全裸の叔母がいた。
「叔母さん・・・、寝転んで!」
叔母は寝転ぶと脚を広げた。
今までに見たこともない叔母の姿だった。
私は叔母に覆い被さり、大きくなったものを再び挿入した。
これが私と叔母との関係の始まりであった。
この日は結局、いとこたちが帰ってくるという3時頃まで入れっぱなしだった。
5回?・・・いや、6回はしたと思う。
すべて中出し。
帰り際に叔母は私にありがとうと言った。
とにかく叔父の病状のことで頭が一杯であり、誰か私を無茶苦茶にして欲しいと思っていたという。
それが私でよかったとも言った。
一度、関係が出来てしまうと歳が離れていても男と女である。
叔父が回復して家に戻るまでの半年、私たちはやりにやりまくった。
関係は回数が減っても叔母が50歳になるまで続いた。
叔母はラブホが好きだった。
落ち着いて私との情事に没頭できると部屋に入るとすぐに全裸になり子供のようにはしゃいでいた。
50歳になってもきれいな体を保っていたので私は関係を終わらせたくなかったが、叔母は頑固に終わりを告げた。
でも、叔母が55歳になるまで4〜5回ラブホで関係を持った。
今でも、親戚の集まりがあるとみんなの影に隠れ秘部タッチはしています。
現在66歳である叔母は非常に喜び私たちふたりを歓待してくれた。
叔母はお茶の用意をし、茶の間に戻って来るといつものように体を擦り付ける様にして私の横に座った。
叔母は親戚の法事の時なども必ず私の横に座る。
これには理由があります。
そう、話は30年ほど前の初夏に戻ります。
私が大学3回生で21歳の時、叔母は私より13歳年上であったので、確か34歳だったと記憶しています。
当時叔父は大病をし、生死をさまよっていた。
私はひとりで病院に見舞いに行き、面会謝絶と聞くと近くの叔父の家を訪れた。
確か、昼前だったと思います。
いとこたちは学校に行き、叔母ひとりが家にいた。
叔母は非常に美人で私の姉は女優さんみたいだと憧れていた。
確かに色白のスリムな美人さんで、スリムなわりには出るところは出ているというスタイルのいい女性であり、いつも私の自慰の相手でもあった。
叔母は私の訪問をいつものように喜び、茶の間に通された。
私は叔母に叔父さんどうなんですかとたずねると、叔母は目に涙を浮かべ私に抱き付いて来た。
五分五分だってと言い、私の顔を見つめた。
その時、女性特有のいい香りが漂い私は欲情してしまった。
私は叔母を強く抱きしめ、気が付くと首筋あたりに私の唇を押し付けていた。
叔母はその行為が理解出来ずに全くの無抵抗であった。
私はゆっくりと叔母を座布団に寝かせ唇を奪った。
唇、首筋、耳と私は唇を走らせ、手はブラウスの上から叔母のバスト辺りを愛撫していた。
その時初めて叔母の手が私の腕をつかむという小さな抵抗があった。
「Kくん・・・。」
「叔母さん・・・好きなんです。」
叔母の小さな抵抗はやんだ。
私はスカートの中に手を入れ、パンティの上を愛撫した。
叔母は全くの無抵抗でまたKくんと小さく叫んだ。
私はパンティの中に手をすべらせ、叔母の秘部を愛撫した。
叔母の吐息が聞こえて来た。
指を秘部に入れると中は愛液が満ち溢れていた。
吐息が小さなあえぎ声に変わっていた。
私は叔母のパンティを剥ぎ取りスカートをまくり上げ、ズボンを脱いだ。
そのまま挿入。
叔母の体が震えたのが分かった。
時間では5分程だったと思うが付きに突きまくった。
叔母の両腕が私の背中に回り、私を強く抱きしめた。
その時、私はそのまま叔母の中に逝ってしまった。
時間の経過は分からないが叔母が私に起きてと言った。
私は起き上がると叔母も起き上がり、私が剥いだパンティを秘部にあて部屋を出て行った。
叔母はスカートを別の部屋で脱いだらしく、数分で新しい白いパンティにはき替え部屋に戻って来た。
そして、私の横に座ると濡れタオルで私のものをきれいにぬぐってくれた。
「叔母さんのおっぱい見たい。」と私は叔母にねだった。
叔母はブラウスのボタンをはずし、ブラウスを脱ぐとブラをとった。
巨乳とはいわないがスリムな体には大きすぎる乳房が現れた。
私は叔母の乳房をつかみ、そして口に含んだ。
また、叔母の吐息が聞こえて来た。
「叔母さん、下も!」と私は言った。
叔母は私の命令通りに腰を浮かせるとはいていたパンティを脱いだ。
初めて見る叔母のきれいな陰毛。
そして、目の前に全裸の叔母がいた。
「叔母さん・・・、寝転んで!」
叔母は寝転ぶと脚を広げた。
今までに見たこともない叔母の姿だった。
私は叔母に覆い被さり、大きくなったものを再び挿入した。
これが私と叔母との関係の始まりであった。
この日は結局、いとこたちが帰ってくるという3時頃まで入れっぱなしだった。
5回?・・・いや、6回はしたと思う。
すべて中出し。
帰り際に叔母は私にありがとうと言った。
とにかく叔父の病状のことで頭が一杯であり、誰か私を無茶苦茶にして欲しいと思っていたという。
それが私でよかったとも言った。
一度、関係が出来てしまうと歳が離れていても男と女である。
叔父が回復して家に戻るまでの半年、私たちはやりにやりまくった。
関係は回数が減っても叔母が50歳になるまで続いた。
叔母はラブホが好きだった。
落ち着いて私との情事に没頭できると部屋に入るとすぐに全裸になり子供のようにはしゃいでいた。
50歳になってもきれいな体を保っていたので私は関係を終わらせたくなかったが、叔母は頑固に終わりを告げた。
でも、叔母が55歳になるまで4〜5回ラブホで関係を持った。
今でも、親戚の集まりがあるとみんなの影に隠れ秘部タッチはしています。