奪われるその3

ゆうくん
2005年01月02日
3,664
雑木林の中で潜む安西の耳に、やがて右手の方向から車のエンジン音が近づいてくるのが聞こえた。
「きたか‥‥」
安西は音源の方向を注視する。ヘッドライトが道路の周囲の雑草の群れをちらちら透かしながらゆっくり接近してくる。
やがて一台の軽自動車が姿を現し、一軒家の前で曲がると表の門を通って敷地の中に進入してきた。駐車スペースに停められ、エンジンが切られる。若い女が降りてきた。
女はスーパーかコンビニの買い物袋を提げている。家の表へ回った。玄関へ向かったのだろう。まもなく家の中の電気が点けられたのが窓越しにわかった。
安西はポケットから携帯電話を取り出し、鈴木を呼び出した。
「あ、安西だ。ターゲットは自宅に入った。監視を続ける。そちらもその位置で待機していてくれ」
「わかった、そうしよう。――昼間の様子はどうだった?」
「いつものごとしさ。訪ねてきたのは郵便配達だけだ」
「‥‥あんたの言った通り、この張り込みは徒労に終わりそうだな」
「そんなことは最初からわかっていたさ。――動きがあったら知らせるよ」
「待ってる」

美奈子は門から敷地に車を入れ、駐車スペースに停めた。
さっきスーパーで買ったビニールの買い物袋を持って車から降りた。背後の小川から静かな水音が聞こえてくる。緑に囲まれた郊外の空気は幾分ひんやりしてしのぎやすかった。
玄関を開け、一階の電気を点けて回る。
「さて、ご飯、ご飯、と」
美奈子はキッチンへ入ると夕食の支度を始めた。夕食の支度といってもスーパーで見切り品の総菜を買ってきたので、おかずを用意する必要はない。ご飯は帰宅時間にあわせてジャーのタイマーをセットしておいたので、改めて炊く必要もなかった。
ものの五分と経たずにテーブルの上には夕食が並び、美奈子は食べ始める。
――おいしい。
煮物を箸で口に運びながら頭の中でつぶやいた。労働の後の食事は何を食べても美味に感じるものだ。
――でも、やっぱり独りぼっちの食事は味気ないなあ‥‥。
思うは遠い異国の雄二だ。雄二も独りでご飯を食べているのだろうか。外食ばかりして不健康な生活をしていないだろうか。できればすぐにでも飛んでいきたい‥‥。一緒に暮らしたい‥‥。
そんなことをぼんやり考えているうちに、いつの間にか食卓に並んだ夕飯はあらかた片づいていた。
流しで後始末をした。
「お風呂に入るかな‥‥」
美奈子は自分が独り言を言っていることに気づき、苦笑する。この三ヶ月間ですっかり独白癖がついてしまっていた。
美奈子は脱衣所と浴室の電気を点け、給湯器の方の水道栓を開いて浴槽にお湯を溜め始めた。浴室の外壁に取りつけられた給湯器がゴオっと音を立てているのが聞こえてくる。本来この風呂はボイラーで沸かす構造になっていたのだが、雄二が若い美奈子がシャワーを浴びることができるように、と改装したのだ。
美奈子は脱衣所に戻ると服を脱ぎ始めた。